※他社ブランドとして販売される製品を製造すること
トレンドを取り入れお客さまのニーズに応える化粧品づくりの仕事とは
桃谷順天館の本社があるのは大阪市港区市岡。最寄り駅はJR大阪環状線、大阪市営地下鉄の弁天町駅です。そこから約15分歩くと、とても印象的なエントランスが目に飛び込んできました。これが桃谷順天館の本社です。自然の光が射し込むエントランスを抜けると研究生産本部 中央研究所のシゴトバがありました。
大阪市港区は淀川河口の三角州に形成された街で、現在、このウォーターフロント地区には、海遊館などレジャー施設が立ち並んでいます。桃谷順天館はここ港区に本社を置き90年たっているそう。周辺は住宅街となっており、隣には巨大スーパーマーケットが建っているなど、庶民的な雰囲気が感じられる場所でした。
研究生産本部 中央研究所の高橋智彦さんと釘山直子さんが、シゴトバを案内してくれました。写真を見るとわかるとおり、研究所によくありがちな無機質なイメージではなく、木のぬくもりが感じられる温かな雰囲気。ラボ設計で世界的に有名なコーンバーグ氏のデザインだそうです。2006年に現在の研究所にリニューアルする際、「企業進化を加速する研究所」をテーマによりクリエイティブで新しい豊かな発想をはぐくむ、独創的な商品を生み出すために社員全員で知恵を出し合い、協議を重ね、最新鋭の設備を兼ね備えた施設環境になりました。使いやすさを追求した研究台、プライベートラボ、調香室など、社員のアイデアが随所に生かされています。
「例えば自分の仕事がやりやすいように原料の配置をしたりすることはもちろん、デスクワークをしていてハッと思いついたときにすぐ試作することもできます。研究員にとって便利なデザインになっているのがいいですね」(釘山さん)
現在、中央研究所には40人(男女比はほぼ半々)の研究員が所属し、さまざまなブランドの処方開発に携わっています。
中央研究所では、桃谷順天館グループが生み出すすべての商品(スキンケア商品、メイクアップ商品、ボディケア商品、ヘアケア商品にいたる幅広いカテゴリーの商品)を開発しています。
「私の担当はOEM商品の開発です。そしてもう1つ、全グループで提供しているすべての商品の香料担当という役割を担っています」(高橋さん)
一方の釘山さんが担当しているのは明色ブランドの商品です。
「明色ブランドで発売されるすべての商品の処方を一人で開発しています。またコスメソムリエールという自社および他社製品を含めたすべての化粧品を評価・分析する社内チームにも研究所の代表として所属し、化粧品開発力の向上に努めています」(釘山さん)
写真は釘山さんが処方開発、高橋さんが調香した「明色オーガニックローズ」シリーズです。ローズには肌細胞を活性化させる効果があるということから、ローズが持つ美肌力をコンセプトにシリーズ展開され、若い女性から40~50代の女性まで幅広い層に支持されているそうです。
写真は高橋さん(写真中央)のプライベートラボで、新しく開発する商品の香りについて企画担当者と話をしているところです。OEM商品の場合は、取引先の要望を汲み取り、期待された以上のものを提案できるよう、営業担当者と密にやりとりをし、処方開発を行います。自社ブランド商品の場合も、企画担当者とどんなコンセプトでどんな商品をつくるかという話をすることから開発が始まりますが、言われたものをただ作るのではなく、積極的に研究員からも提案します。
明色ブランドの場合、春と秋の商品発売に向け、商品開発が行われます。
「まずは企画部門から提案された複数の商品案の中から、市場のニーズやトレンドにマッチしているか、既存ブランドを活性化できるかなどのさまざまな観点で絞り込みを行います。そしてそれらを具現化する処方の開発をしていきます」(釘山さん)
処方は使用シーンでも変わるといいます。
「例えばミストを開発するとします。夜、寝る前に使うミストであればしっかり潤うような処方になりますし、持ち歩き用であれば、メイクを崩さないような柔らかい霧状になるような処方が求められます。どういうシーンで使われるのか、そこを十分考慮して処方開発することも、ヒット商品を生み出す条件の一つなんです」(釘山さん)
写真(釘山さん)は水と油を高速で撹拌(かくはん)し、クリームの処方開発をしているところです。
サンプルができると、使用感の評価を行うため使用感アンケートを実施します。
「開発した本人はもちろんですが、コスメソムリエールやターゲットとなる女性社員にも実際に試してもらい、アンケートをとるんです。そこで得られた評価をもとにブラッシュアップを重ね、商品を完成させていきます」(釘山さん)
処方の開発とともに化粧品にとって重要な役割を担っているのが、香調(香りの成分が織り成す系統 ex.シトラスやフローラルなど)です。化粧品の場合、いくら使用感がよくても、香りがよくなければ売れないことも多いからです。写真は調香された香料を実際に嗅いで試しているところです。
「例えばオーガニックローズシリーズはその名のとおり、ローズ系の香りがする商品です。しかしローズ系の香りといっても、グリーン調ローズやフルーティ調ローズなど、さまざまな香調があります。その中からいかに商品にマッチし、お客さまの満足が得られる香りにするかが香料担当である私の役割です。同シリーズではローズの中でも最も高級な香りがするとして有名なダマスクローズの香りを軸にブレンドしました。その高級な香りも商品の魅力となっており、お客さまからも高い評価を得ています」(高橋さん)
同じシリーズでもクリームや化粧品など剤形の違いによって、賦香率(ふこうりつ:香りに含まれる香料の濃度)を変えたりして、香りの統一感を図ります。
研究台の奥にはデスクが設置されていました。
「私たち研究員は他部署との打ち合わせ以外は、ほとんど研究室で仕事をしています。デスクでは処方を検討したり、検査結果をまとめたり、資料を作ったりしています」(釘山さん)
中央研究所では半年に1回、研究員が研究成果を社内に発信し、共有する研究成果発表会を実施しています。同発表会には全社員が参加し、発表内容の評価を行います。研究開発力の強化に貢献するなど、優れた発表をした研究員は会社より表彰されます。
写真は成果発表会の一場面(釘山さんが発表しているところ)です。釘山さんは2012年11月と2013年6月に開催された成果発表会で表彰されたそうです。
コスメソムリエールの活動風景の一コマです。コスメソムリエールは化粧品のわずかな違いを感じ取る能力を持ったさまざまな職種の女性を会社や部署の垣根を越えて選抜し、構成された桃谷順天館独自の組織です。
ハタラクヒト 失敗を恐れず、挑戦することを大事にする風土。だから若手のうちから活躍できる
引き続き高橋さん(写真左)と釘山さんに「桃谷順天館 研究生産本部 中央研究所」というシゴトバの魅力、やりがい、職場の雰囲気などについてお話をうかがいました。
高橋さんが化粧品業界を目指すきっかけとなったのは、香りが好きだったこと。
「高校生ぐらいから香りに興味を抱くようになり、香水を集めだしたんです」(高橋さん)
大学院時代から、新規香料物質の生産にかかわる研究に携わっていた高橋さん。そこで香りに深くかかわれる化粧品メーカーへの就職を決めたそうです。複数ある化粧品メーカーの中でも桃谷順天館を選んだのは、「こころ彩る美肌創りを通じて人々の幸せに貢献します」という理念に共感を覚えたことと、「会社説明会で若手のうちから商品開発を任されるという話にひかれたから」だそう。
一方の釘山さんは大学院修了後、桃谷順天館に入社。
「中学生のころよりニキビに悩んでいました。それを解決したいと薬学部へ進学。普段の肌ケアに薬を取り入れるのはなかなか抵抗があります。もっと手軽にきれいになる方法を考えたいと思い、化粧品会社を志望しました。化粧品をいろいろ調べる中で、当社のホームページを見ると、120年を超す歴史を大切にしながらも、新しいものを積極的に取り入れる柔軟な姿勢が感じられたんです。しかも桃谷順天館は、私が中学生のころから愛用してきた美顔水を開発していたメーカーだったので、ぜひ、ここで働きたいと思いました」(釘山さん)
高橋さん、釘山さんとも新人研修を経て、中央研究所に配属。現在、高橋さんはOEM商品、釘山さんは明色ブランドの処方開発に携わっています。
「OEMの場合、私たちの企画提案を含めた処方が選ばれなければ商品になり、世に出ることはありません。OEM商品はBtoBなので、同じテーマを与えられて評価され、これは研究・処方のコンペとも言えると思います。自分たちの研究成果がこのようにわかりやすい形で外部から評価されるのはOEM商品だからこそだと思っています。日々、そういったことを任せられているので、責任感ややりがいをひしひしと感じています」(高橋さん)
「私が開発している明色ブランドは、販売価格が1000円前後の商品です。競合品と比較して高い効果を得られる処方をいかに開発するか。それがこの仕事のやりがいでもあり、面白さです。そしてその処方で作られた商品がコスメサイトなどでお客さまから高い評価を得られるとやっぱりうれしい。もっとお客さまに満足していただける商品を開発しようというモチベーションアップにつながります」(釘山さん)
中央研究所では高橋さん、釘山さんのように生物系や薬学系などの出身者が多いそうですが、「理系であれば特に出身専攻は関係ない」と高橋さんと釘山さんは口をそろえます。
「それよりも大事なのはチャレンジ精神です。そして男性の場合は化粧品を実際に触ってみることです」(高橋さん)
「コミュニケーション能力も重要な要素です。私たちの仕事は単に研究所で処方開発するだけではなく、商品企画の段階から実際の製造にいたるまで、さまざまな部署の方々とかかわり合い、そうして、やっと一つの商品が生み出されるのです。例えば企画担当者やOEMの営業担当者からお客さまの要望をうまく聞きだし、処方に落としていきます。そして営業担当者に対しては、わかりやすい用語で処方の特徴や優位点を説明しなければなりません。そのためには高いコミュニケーション力が求められるんです。学生時代からいろんな人と話してコミュニケーション能力を磨いておくことをお勧めします」(釘山さん)
最後に桃谷順天館 研究生産本部 中央研究所の文化や風土について聞いてみました。
「社長が常日ごろから私たちに言っているのは、『Try and Error』、つまり失敗を恐れて自分から何もしないのではなく、まず自分で考えて挑戦することが大切だということ。その考えが社員全員に行き届いているので、若手のうちからみんな、チャレンジしようとする。チャレンジ精神に富んだ風土です」(高橋さん)
「やりたいと声を上げれば、やらせてくれる環境です。当社には『美の伝道師』という海外で開催される化粧品および化粧品原料の展示会を会社の代表として選抜メンバーが視察できる研修制度があります。応募資格は社員ならだれでも可で、入社年数や年齢、経験、性別、部署などまったく問われないんです。とはいえ入社2年目だからと正直迷っていたのですが、思いきって希望したところレポートや面接を通過し、選抜されました。世界標準の化粧品を現地で体感し、この経験は後に自分の仕事にも大いに生かされています。これは一例ですが、何事にも前向きにチャレンジしたい人にとって、働きがいのあるシゴトバです」(釘山さん)
社員の感性を磨くためのさまざまな施設・制度
パフュームレジェンドという香りに関する知識向上のために作られた部屋です。ここには市販されている有名な香水から、中央研究所が調香した香水、精油などさまざまなな香水が香調ごとに置かれ、その分析結果も記されています。社員は自由に香りを体感することで、香りを身近に感じ、香りの知識や経験を増やすことができる場所となっています。また、気分転換に自由に香りを楽しむこともできるそうです。
「今の香りのトレンド(どんな香りがはやっているのか)や自分でテーマを設定し、香りに関する情報を資料としてまとめて掲示したり、メールで配信したりしています。普段あまり香りになじみのない方にも、香りを身近に感じていただき、社内に『香りの文化』を定着させたいと考えているんです」(高橋さん)
化粧品情報だけでなく、幅広く最新の情報を得られるよう、さまざなジャンルの専門誌や雑誌などが自由に閲覧できるカフェスペースです。仕事に行き詰まったときなど、リフレッシュするためにコーヒーやお菓子も置かれていました。
毎週水曜日は「クリエイティブ ウェンズデイ」と呼ばれ、感性を磨くためこの日は全社員、型にはまらない自由な服装をすることを奨励されています。また、ゆとりの時間を持てるよう「ノー残業デー」となっており、映画館へ行く、友人と話題のお店に食事へ行く、趣味にいそしむなど、仕事外でしか得られない刺激を受ける時間にしているとのこと。普段から感性を磨く習慣をつけるための制度です。
桃谷順天館では心と体の健康は「美」に大きく影響すると考えており、「美」を外側からだけでなく、内面からもサポートしています。2005年より実施している「乳がんの早期発見・早期治療」の重要性を啓発するピンクリボン運動の支援活動はその一例です。毎年10月の健康診断時には、パート社員の方を含む全女性社員を対象とした乳がん検診を実施。また、男性社員の配偶者への検診費用全額負担制度も2009年度より導入し、全社員へのサポート体制を整えています。
お客さまのなりたい姿へと導く、オーダーメイド感覚の美肌サロン「Beauty&リラクゼーション RF28エステティックサロン」はスキンケアブランド「RF28」がプロデュースしています。大阪本社内に設けられ、素肌本来の美しさを引き出すメニューが充実。また、話題のキャビテーション(超音波効果を用いた痩身技術)やラジオ波を取り入れた痩身メニューもあり、予約が空いていれば特別価格で社員も施術を受けることができます。
桃谷順天館にまつわる3つの数字
業界に先駆けいち早く化粧品開発に取り組み、現在もヒット商品を生み出している老舗化粧品メーカーの桃谷順天館。以下の数字は何を表しているのでしょうか? 正解は、次回の記事で!
1. 1885
2. 5億本
3. 187パーセント
取材・文/中村仁美 撮影/福永浩二